最期は苦しまずに自宅でというのが理想ですが。

母を想う

母の死に目に…の、前回の記事とちょっとダブります。

母は、よく旅行先やホームセンターで蛙の置物を買って、玄関に並べて飾っていました。

単純に、蛙の置物が好きだったか売場の商品が気に入ったのでしょうが、勤務時間が不規則な父の無事の帰宅を願ってのことだと聞いたことがあります。

母は亡くなる日の前日、職場で体調不良を訴えつつ、残業も頼まれてしっかり働いたものの着替えた後

車で横になってから帰ったそうです。

その間、汗が止まらなかったようです。

亡くなる2週間前くらいから風邪をこじらせていてまだ体調が万全ではないのだと母も思ったのでしょうが、

今思えば、亡くなる前日の症状は風邪というより心臓の異変ではなかったのかと。

母方の祖父(母の父)のように、急な心筋梗塞で仕事中に亡くなってしまう人もいる中、

自宅に帰って来られただけ良かったのではないかとも思うようになりました。

父の為に母が並べた玄関の蛙が、母にも効いてくれたのだと。

迷信なんてと思いつつ、一方で何かに縋りたくなるのは弱さゆえでしょうか。

それとも、ゲン担ぎ系が大好きだった母に似てきたか。

話は変わりますが、

先週の、熱中症の疑いで部活動後に帰宅途中で亡くなった中学生や、昨年の幼稚園バスの置き去りで亡くなった園児を思うと本当に無念です。

一生懸命生きてきて、家族に愛されながら、ある日突然亡くなってしまった。

遺族の心情を思うと、本当に苦しくなります。

せめて、自宅に帰れていたら―

最期は苦しまずに自宅でというのが理想

とよく言われますが、

ほとんどの方が病院で亡くなられる中、どうしても最期は自宅と拘りはありません。

しかし、

自宅でも病院でも、最期に誰かが見送ってあげられていたらと思わずにはいられません。

亡くなる時、たった一人だったというのが無念さを増します。

苦しかったかな、怖かったかなと思うと余計に。

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